
自分も専門家ではありませんので、報道等で得られる情報だけですが、この世紀の発見のもとになった実験の核の部分は以下のようなものだったそうです( iPSは「細胞のタイムマシン」 常識覆した山中氏: 2012/10/9 日経新聞 )。
山中伸弥教授が高橋和利講師(当時は特任助手)と2006年、ネズミの皮膚細胞から作ったiPS細胞は、変化した細胞を受精卵に近い状態まで戻し、様々な細胞に育つことができる。しかも多くの研究者の挑戦を阻んできた大いなる謎を、たった4つの遺伝子を組み込むだけという非常に単純な方法で実現。世界中の研究者を驚かせた。
山中教授らはまず理化学研究所などの成果をもとに、元祖万能細胞と呼ばれる胚性幹細胞(ES細胞)があらゆる細胞に変化しうる能力を持つ理由を調べる中で、「魔法の遺伝子」を24個に絞った。全てを皮膚の細胞に入れると受精卵に近い細胞ができた。だが、本当に必要な遺伝子はいくつなのか。それを絞り込む作業には、山中教授も頭を抱えた。
この問題を解決するきっかけを作ったのが高橋講師だ。「導入する遺伝子を1個ずつ減らしてみてはどうか」と提案し、やってみると 意外とあっさり4つに絞り込むことができた。4つの遺伝子が見つかったとき、「高橋くん、君は本当に頭がいいなあ」と2人は抱き合って喜んだという。
ここから、前回みたような「場合の数」を計算する問題を考えることができます。仮にこの24個まで絞り込んだ遺伝子のうち、「4つ」が必要だということまでは分かっているとしましょう。その4つがどれかを割り出すために必要な総当たりの実験回数は最大何回になるでしょうか?細胞への調合は「順番」は問わないようですので、「順列」ではなく「組合せ」になり、定義の表現に言い換えれば、「24個の候補の中から4個を選ぶ」組合せの数、となります。従って、先の計算式から、

が最大必要な試験数です。もちろん、最先端のバイオテクノロジーの研究ですから、こんな簡単な話ではないのかもしれませんし、また最初は「4つが必要」ということも分かっておらず、「1つ」だけの場合から、もしかしたら「10個」かもしれないし「20個」かもしれない必要遺伝子を、長い期間かかっても順々にテストしていく予定だったようです。それを切り抜けて大幅に近道したのが、上の研究パートナーの高橋講師の逆転の発想だった、ということですね。iPS細胞を実現するうえで決定打となるこの特定遺伝子は、「山中ファクター」「山中遺伝子」「山中因子」などと呼ばれているそうです。
ちなみに、数学の方の話に戻ると、この組合せには、「母数からX個を選ぶ組合せは、その母数からX個を引いた数を選ぶ組合せの数と等しい」という、一種の対称性を示す面白い性質があります。つまり、「24個から4個を選ぶ組合せ」は「24個から20個を選ぶ組合せ」の数と等しく、「24個から10個を選ぶ組合せ」は「24個から14個を選ぶ組合せ」の数と等しいということです。このことも先の作った組合せの計算式から簡単に導き出すことができます。

同じことを概念的に考えれば、並び順をみないで「X個を選ぶ」とは、X個の側に注目して価値的な差をつけた主観からの言い表しでしかなく、客観的な行為としては、X個と残りをただ「分けている」だけですので、X個を選び出すのも残りを選び出すのも同じ、というちょっとみもふたもない話になります。
これを上の山中博士が扱った24個の遺伝子について、総当たりで全部計算してみましょう。

こんな具合です。数をとって横に並べてグラフにしてみます。

先に二項定理の係数を示す「パスカルの三角形」を作成したとき、段を増やしていくと、両端は「1」になって真ん中になると数が盛り上がって増えていく様子が観察されました。なんとなく二項定理とこの組合せの計算の関係が先方に見えてきたのではないでしょうか。