「黄金比 (golden ratio)」 は、古くから人にもっとも美しく心地よい印象を与える特別な比率としてん重んじられ、美術や建築などでさかんに取り入れられてきました。現代の世界でも多くの工業デザインで採用され、われわれになじみ深いものになっています。例としては、クレジットカードや名刺、書籍の新書の縦横の比率が黄金比になっています。また、デザインに強いこだわりのあることで知られるアップル社の製品(iPodなど)やロゴなどにも数多く取り入れられているそうです。
数学の中では、黄金比の定義は次のようにきちんと決まっています。「長方形から辺を共有する正方形を切り取った時に、残った長方形が元のものと相似になるような特殊な長方形(黄金長方形)の辺の比率」 というものがそれです。式で表すと以下になります。
とってもシンプルで簡単な定義ですね。この定義式から、黄金比の実際の値は計算で正確に出すことができます。やってみましょう。
黄金比は、黄金長方形の辺の比率ですから、それを x とおくと、 a=bx となります。この式を上の定義式に入れて、外項・内項の積の公式を使って整理すると、 x についての二次方程式ができます。これを解の公式で解けば x の値が出る、という段取りです。
二次方程式にはプラスマイナスの二つの解がありますが、マイナスを取ると値全体がマイナスになってしまうので、プラスの解を採用 しておきます。
元の定義はとてもシンプルだったのに、それを解いたら突然 √5 などという値が出てきてちょっとびっくりです。√5 が入っていますので、この値は円周率と同じような無理数になります。黄金比はよくギリシャ文字の φ(ファイ) で表しますが、実際の値は以下の通りです。
無理数なので、逆にいえば、黄金比に完全に一致するような整数同士の比(=分数)は「ない」ことになります。黄金比は長方形の比として定義され、上のように多くの製品デザインにも取り入られていますが、もともとは無理数の比であって、整数同士の比にはならないのです。
ちなみに、この「1.618...」という比は、黄金長方形の短い方の辺に対する長い辺の比率です。反対に逆数をとって長い方の辺に対する短い辺の比率を出したらどうなるでしょうか? これも計算してみましょう。長い辺を1とおいたときの短い辺の長さを x とおくと、
となって、上とは「1」の部分の符合をひっくり返しただけの値になりました。なんだか嘘みたいですが、これで正しい値です。また、先ほどは二次方程式のプラスマイナスの解のうち、プラスを取ってマイナスは捨てましたが、マイナスの解の方は(符合を反転させた形で)こちらに現れていることになります。
ちなみに、ここではわざと複雑な計算でやってみましたが、黄金比φは黄金長方形の短い方の辺を 1 とおいたときの長い辺の長さですから、黄金比の定義から、長い辺から短い辺の1を引いた辺長が、1 に対する短い側の辺の比になります。従って、
でも求められます(こっちの方がずっと簡単ですが、それが上の計算と値が一致することを確認しましょう)。つまり、黄金比φから1を引いた値は、1とφの比になるということで、
でもあります。
この計算だけでも既にその一端が見えていますが、黄金比のこの値は、数学の中でも神秘的ともいえる摩訶不思議な性質があります。ここまでの話では、黄金比が数の列である数列となんの関係があるのかもよく分かりませんでしたが、そのことも黄金比の性質を調べる中で見えてきます。